鶫の書

鶫書房房主の古書蒐集と読書の記録です。

書狼書豚

 2022年3月12日である。

 

 表題に掲げた「書狼」「書豚」という言葉は、辰野隆の随筆「書狼書豚」によって知られている。その意味するところは下に記すが、それとは別に由良君美『椿説泰西浪漫派文学談義』や池澤夏樹『見えない博物館』による紹介があり、その示すところが辰野のそれとは違うのである。長年、この事に疑問を持っているのだが、同じように思って調べる人もいるらしい。しかし、皆「諸説あり」ということで話を終えているようだ。

 

 辰野の文章によると、それぞれの意味は次のようなものになる。

 「書狼」とは、「普及版ばかり読んでゐる書狼(ビブリオ・ルウ)」のこと。鈴木信太郎言うところの「豪華版の醍醐味を解せぬ東夷西戎南蛮北狄の如き奴」、また、山田珠樹言うところの「本は読めればよし酒は飲めればよし、といつた外道」のこと。「書豚」については不明だが、前記二人の友を指して「次第に書癖が高じて、やがて書痴となり書狂となり遂に今日の書豚(ビブリオ・コッション)と成り果てた」と辰野が記すところを見ると、「書痴」や「書狂」よりも病の程度が重い蒐集家ということができるだろうか。

 辰野の文章で触れられた「書狼」「書豚」は、いずれもフランス語からの翻訳語であることが知られる。であるから、辰野はフランス語で著された書物関係の本に拠ってこの記述をなしたものであろうと推測されるのである。

 

 これに対して、由良君美は、「書物気狂いには〈書痴〉〈書狼〉〈書豚〉の三段階があって、病膏肓の度合いを示すとされる。その最高段階である〈書痴〉というのは尋常一様の本好きでは済まないのであって、犯罪レベルに達する必要があるらしい。」

 辰野よりはっきりと位階があることを言う。この順番が大切だ。辰野とは順番が逆である。そして、「書狂」の位置に「書狼」が座っている。

 

 池澤夏樹はどうであろうか。『見えない博物館』(平凡社ライブラリー・2001年)所収の「サルタンの寵姫の耳飾り」において、次のように記す。

「熱烈に本を集める人々にさずけるべき位階は三段階ほどあって軽症から重症にむかってそれぞれ書痴・書狼・書豚と言うのだが、なにをもって判定するかという点に関しては諸説あってさだかでない。」

 こちらは、書癖が高じるにしたがって「書痴」「書狼」「書豚」となるという。あげているのは同じだが、今度は由良と順番が逆である。

 なんだかへんてこな話だ。これでは読んだほうが混乱するのもしかたない。いずれにしても、由良と池澤はその典拠を示さない。辰野も示さないが、フランス語の言い方を併記しているから、その影響下にある記述とは知られる。

 で、何が本当かというと、それが私にもわからないのである。ただ、この三人の誰か、または全員が、間違っている可能性は高いだろうと考えている。